2月、仕事を休んで帰省する その2 [日記]
前回の記事の続きです。
父は某大学病院でMRIを撮ってもらい、脳に影があることがわかった。
それからのいきさつはうろ覚えなので、詳細は書けないがご了承いただきたい。
母は別の病院でも診てもらった方がいいのではないか、ということで
別の大学病院に行ったそうだ。
そこで、またMRIを撮った。造影剤を入れて。
腫瘍はいくつか映っていたらしい。
順番が定かではないのだが、PETという検査もしたそうだ。
PETというのは体の中にガンがいないか見る検査だ。
そして、頭を切って中の細胞を取り出し、組織検査もした。
結果は・・端的に言えば
悪性の脳腫瘍だそうだ。
首から下にはガンはないらしい。
ただ、頭の腫瘍は手術で取れるものではないらしく、手術はしないのだそうだ。
高齢の男性がかかる可能性が高い病気だそうだ。
この病気はガンより白血病に近いものらしく、リンパ腫とも言うらしい。
そんなことを医者から直接聞いた。
ドラマを見ているような気がしていた。
本人は病室でも思っていたよりずっと元気で、すぐにでも退院できそうなのだ。
そうだ、今までだってずっと仕事を続けていたのだから。
すでに1月下旬に入院して、最初の化学療法を行っていた。
5回に分けて様子を見ながら行うのだそうだ。
化学療法・・ざっとわかりやすく言えば抗がん剤治療のようなものらしい。
放射線ではなく、薬だ。
それでももちろん副作用は起きる。
髪の毛が抜けたり、食欲不振や吐き気などなど・・。
一回目の様子だけだと、そんなにひどい副作用はなかったようだ。
しかし、これからどうなるのか・・。
もうすぐ2回目が待っている。
無事乗り切ってほしい。
また続きます。。
2月、仕事を休んで帰省する その1 [日記]
先週、仕事を一日半休んで帰省した。
仕事を休んで、遊びに帰ったわけではない。
ため息の出る帰省だった。
動悸もした。
医者に会うためだった。
その最初の話を聞いたのは1月1日だった。
「お父さん、初詣でふらふらして、神社で初詣できなかったの。
石段を登れなかったのよ」
ショックを受けた母からメールが来たのだ。
ほぼアル中な父は、階段でフラフラしてもまぁそんなもんだろう、と私は内心軽く考えていた。
しかし、1月4日。
翌5日から仕事の父は、正月休みが明けた病院を転々とした。
最初は眼科に行ったらしい。
しかし、眼科は2軒とも休みで、かかりつけの少し遠くの大きめの病院に行ったそうだ。
そこの内科で「頭の中を見てもらった方がいいですね」と言われすぐに某大学病院へ。
その日だったかどうかは定かではないが、MRIを撮ってもらったそうだ。
何回かその大学病院へ通うことになった。
つづく・・・。
結局続けてる・・・仕事。 [仕事]
遠い昔に更新して、久々のログインだ。
1月から仕事をどうするか、悩んでいたが、結局同じところにお世話になっている。
続けたって2月末まで、という約束だからいいや、と思ったのだ。
ココだけの話、とっても楽だ。
一番楽かもしれない、この仕事。
もっと続いてほしい、と思う反面、これではつまらなさすぎる、とも思う。
どうやら私は貧乏性、というか損をする性格のようだ。
どんどんと仲間が辞めていく。
どうせ期間限定、という仕事なのに、いやだからか、契約期間の途中でもどんどんと次の職場へと移る。
もちろん派遣会社を変えて。
私も他の派遣会社からいい話がなかったわけではない。
今の時期は私が最も働いてみたい不動産業界からのお誘いが多かった。
しかし、契約は契約だ。
やりがいがなくても、ラク過ぎても、2月末までいると決めた以上、全うしなければならない。
そんなことを思いながら、一人、またひとり消えていく仲間を見送る。
それでも仕事が片付く。
なんと人件費を浪費している仕事なのだろう、とも思うが、雇用対策の一環だと思ってあと半月お世話になることにしよう。
1月からの仕事探し [仕事]
今の職場には契約期間以上は行きたくないと思っていて・・・
ま、今の職場の契約期間ていうのは12月末なんだけど、
それ以降はいい仕事があったら移りたい、と正直思っている。
自分でも本来の仕事の期間、あれば3月末までなのだが
それを全うしないで仕事を変えるのはどうかと思うのだが、周りがうるさくてイライラしてしまうのだ。
私の我慢が足りないのだろうな。
仕事をしていないとき、家にいるときは「耐えよう、いじめられているわけでもないし」と考えられるのだが
職場に行ってあの騒がしいおしゃべりを聞いてしまうとイライラが頂点に達してしまう。
毎日求人サイトを見ているが、私が魅かれる仕事はなぜか11月スタートのものが多い。
これはもう縁がないのだと思うしかない。
1月開始のものにありつけたらいいのだが。






